奇跡の様な出会い

若い頃から結婚という事については「しない」と決めていました。

 理由は我が家の特別や環境にあります。友達にはいつも「うちは犬神家だから・・・」という風に言っていました。とにかく祖母の力が強く、「昔は華族の出だ」というように旧家とその出自を兎に角大切にしているように旧家でした。
 うっすらと覚えてはいますが「あんたの嫁さんは私が決める」と祖母が宣言した時もありました。そんな家なので、揉め事は絶えず起こって言いました。

 父が養子だという事も祖母の琴線に触れ、なにかと言えば「私を粗末にしている」というようなことで癇癪をおこし、一時は、祖母を残して別居するという事も小さい頃にはありました。

 20年前の震災の時には、祖母は自ら家を離れて一人で暮らしていました。実家の被害が大きく、祖母のマンションで父母が暮らすことになった時は「これで少しはうまくいくかな」と思っていました。それでもやはり一緒に暮らすとすぐにぶつかり合ってしまい、父と母は、別の復興住宅を見つけて暮らすことになりました。まるで近づくと反発しあう磁石のような関係がずっと続いていました。

 そんな関係を見ていたので「自分は結婚をせず、ここでうちの家の血を断ち切ってしまいたい」と思うようになり、結婚することをあきらめていました。

 そんな時、小学校教諭となって学校で勤務している時に出会ったのが今の妻です。

 きっかけは音楽会でした。

 自分で考えた「音楽劇」がどうしてもしたくなって、学年の先生たちに無理を言って自分のやりたいように進めました

しかし。私は楽譜がかけません。その点を今の妻がすべて補ってくれ
「この部分はどういう風にひいたらいいの」
とか
「それは楽譜にはなりにくいからもう少し詳しく説明してほしい」
とかいろいろとバックアップをしてくれました。

それを経験して

「もしかしたらこの人ならば私の事を分かってくれるかもしれない」

と感じました。

そこで「結婚はしない、家の血筋は私で終わらせる」という決意が揺らぎ、結局交際を申し込み、結婚することとなりました。

 今私は、小学校の先生を「鬱」というややこしい病気のために辞めてしまう事になりました。妻は今まで通り、仕事を続けています。私が「家事」をほとんど請け負って、収入や貯蓄はすべて妻に任せるという、仕事分担で進んでいます。

 今まで「仕事が趣味、教えるための教材を作ったり、新しい教え方を考えたりするのが趣味」といったような生活をしてきました。デートの場所はアウトドアか本屋化というような生活でした。

 という事で、子どもも大きくなった今、なんとか収入なしでもやっていけているのも、のんびりとはしているものの案外しっかりしている妻のおかげだと思っています。

 学校という場は、あまり「出会い」の多くない場所です。「合コン」などをすることもあまりありません。そんな中で出会ったという事は、今から思えば奇跡の様なものだと思っています。とはいえ、「じゃぁ嫁さんを大事にしているのか」と聞かれれば、ちょっとつらい立場になる私です。